自転車世界一周の旅日記(その10)世界の果ての町へ
Fin del Mundo (世界の果て)
マゼラン海峡をフェリーで渡る。「世界の果て」と呼ばれるウシュアイアはフェゴ島の南端に位置する。この島に渡って、急に自転車旅行者を見かけるようになった。アメリカ人、チリ人、オランダ人夫婦など、世界の各地から走ってきたサイクリストがこの島で出会い、ともにウシュアイアを目指した。雪がチラチラと降ってきた。この峠を越えればウシュアイア、というとこまできて道は再びオフロードになり、しかも標高が高くなるにつれ雪も積もってきた。こんな雪の中でキャンプは嫌だ。なんとしても町まで着かなければ。
峠を制覇し、ご褒美の下り坂を一気に駆け降りる。やがて、ウシュアイアの町が眼下に見えてくる。このとき不思議と雪は止み、厚い雲の間から空が見えた。夕日に照らされたビーグル水道が黄金色にキラキラと輝いていた。ちょっと泣きそうになった。南米最南端到達は壮大なドラマだった。
当時、この町には上野荘という伝説の日本人宿があった。南米に移住された日本人ご夫婦がこの地でゲストハウスを経営されていた。旅行者から教えてもらった電話番号にかけてみる。「Hola. Soy Japones viajero…(もしもし。私は日本の旅行者です)」と切り出すと、電話の向こうで「はいはい、大丈夫ですよ」と日本語、それも「おばあちゃんの話す優しい日本語」が聞こえ、一気に体がとろけたのを覚えている。宿の場所を聞き、ドアを開けると美味しそうな湯気が充満していた。日本人旅行者が鍋パーティをしていた。なんとカニ鍋だった。南米最南端の夕食はカニ鍋。上野さんご夫妻はとても優しそうな普通のお爺ちゃんとお婆ちゃんだった。さっきまでの泣きそうになるくらい寒さに震えてた峠越えが遠い昔話のように思えた。
その後、何年かたって上野荘のお爺ちゃん、2010年にお婆ちゃんがお亡くなりになられたというニュースがネットで流れ、世界一周ライダーやチャリダー、バックパッカーたちに衝撃が走った。あのとき、あの場所でカニを食べさせてもらったことは忘れない。電話の「大丈夫ですよ」という声を聴いたときの感動も忘れない。オアシスのような上野荘で過ごさせてもらった1週間は、次のステージ、ヨーロッパ大陸へのいい充電期間になった。
日本を出発してちょうど半年になろうとしていた。