自転車世界一周の旅日記(その12)果ての岬へ
ユーラシア最西端の岬、ポルトガルのロカ岬に立った。「ここに地終わり、海はじまる」と刻まれた有名なモニュメントがある。観光バスが次々と到着しては、記念写真を撮って帰っていく。リスボンを訪れるパッケージツアーなら必ず訪れる定番の観光地。でも、僕はもっと行きたいところがあった。サグレスの岬に行きたかった。沢木耕太郎の小説『深夜特急』のハイライトシーン。香港から長い旅を続けてきた主人公がリスボンのBARで老人にビールを奢ってもらった。そのビールのラベルに「SAGRES」と書いてあった。
「サグレスとはどんな意味なのか?」
「土地の名さ」
「サグレスという土地?」
「岬がある」
「それはどこですか?」
老人はボールペンでイベリア半島の概略図を書き、「ここがサグレスだ」と半島最西端の場所をボールペンの先で突いた。
「サグレスには何があるんですか?」
「行ったことはないけど、たぶん何もないところさ」
※沢木耕太郎著『深夜特急』より
ユーラシアの果ての、ビールと同じ名を持つ岬。SAGRESという言葉の響きに惹かれ、主人公はその岬を目指し、旅の終わりを感じる。その場所に行ってみたかった。小説では旅の終わりだったが、自分にとってユーラシア大陸の旅はここからスタートさせたい。
果たして、その岬には何もなかった。「サグレス」は町の名前で、岬の名前はS.ヴィンセント岬という名前だった。リスボンに近いロカ岬は大型の観光バスが次々と来ていかにも「観光地」という雰囲気だったが、ポルトガルの僻地に位置するサグレスはひっそりとしていて、最果ての地のムードが満点だった。家族連れの車がときどき来るくらいで、日が傾く頃には誰もいなくなった。
大西洋に突き出た断崖絶壁の上にテントを張った。海に沈む夕日を眺めながらビールを飲む。ビールの銘柄はもちろん「SAGRES」。ユーラシア大陸横断の旅のスタートの儀式としては、最高の演出だった。