自転車世界一周の旅日記(その21)旅人の十字路
マルマラ海沿いに走っていると、自然とボスポラス海峡に出た。対岸に見えているのはアジアの大陸だ。なんだか感無量。ガラタ橋近くまで来ると、混沌とした空気になった。あの、初めてメキシコに入国したときと同じような感覚。空気の密度が濃い。目に見えているもの、すべてがエネルギッシュに動いている。巨大な舞台の仕掛けが動いているような感じ。この雰囲気、なんと伝えれば良いだろうか?
すでに夕刻だった。黄昏に染まるボスポラス海峡を、黒い煙を吐き出す渡し船が頻繁に行き来している。バイクも車も人も、流れるように船に乗り込み、アジア側へ旅立って行く。ここの人たちは通勤でアジアとヨーロッパを結ぶプチ・クルーズを毎日繰り返している。贅沢で壮大な通勤風景。船賃は50円くらいだった気がする。周囲を見渡せば、モスクがいくつも見える。ミナレットと呼ばれるモスクの塔が無数に並んでいた。
トラム沿いの急な坂を上がる。イスタンブールには有名な日本人宿があるというのは聞いていたが、どこにあるのか見つからず、とりあえずアヤソフィア近くのユースホステルにチェックインした。翌朝、爆音で飛び起きた。「アッラアアアアア~アクバル!」1日の最初のお祈りを告げるアザーンが鳴り響く。まだ夜明け前。外は真っ暗だというのに、その音量はガラス窓がビリビリと震えるほどの大音量。たまたまモスクが近くにあり、窓のすぐ外にスピーカーがあったらしい。さすが巨大都市、イスタンブール。モスクの数も大きさもアザーンの音量も、田舎町とは違う迫力だ。
イスタンブールでは毎日、狂ったように早朝から暗くなるまで、縦横無尽に歩き回った。ブルーモスク、エジプシャンバザール、漁港、ガラタ橋のサバサンド屋。目に映る光景はどこを見てもキラキラと光って見えた。きっと僕の目もギラギラしていたに違いない。その後、何度も訪れることになるイスタンブール。 よく、世界を旅してどこが一番よかったですか?と聞かれるが、僕は迷うことなくイスタンブールと答えている。この町は西から来た旅人と東から来た旅人が出会うところだと聞いていた。タイ、インドなどからアジアハイウェイを旅してきた者と、ヨーロッパから来た者がお互いの情報を交換するのは『深夜特急』時代から変わらない。しかし、世界はもっと広かった。シルクロード、コーカサスの国やロシア方面からやってくる者、アフリカやアラブ方面から北上してくる者など、ここでは全方面からの旅人が集結し、しばし身体を休めて次の旅に出ていく場所だった。宿に集まって来る世界各地を歩いてきた旅人たちの話は刺激的だった。自分の旅なんてまだまだちっぽけなもんだと思い知らされる。イスタンブールは今現在も文明の、そして旅人たちの十字路なのだ。