自転車世界一周の旅日記(その20)イスラムの世界へ
国境を越えると「イスタンブールまで260km」の標識が見えた。イスタンブール!こんな旅情をそそる地名を僕は知らない。コンスタンチノープルもイスタンブールも、その名前を聞くだけでトリップしてしまいそうな強烈な地名。「飛んでイスタンブール」という曲を作った人の気持ちがよくわかる。
僕にとって初めてのイスラム教の国。見るもの聞くもの、驚きの連続だった。女性が頭にスカーフを巻いている。町には教会ではなく、モスクがある。生まれて初めて見るモスク。天を突きさすように尖った塔とドーム屋根の本堂。不思議なオーラを感じた。モスクの中に入ってみると、何もない。偶像崇拝を禁ずる宗教のため、仏像や彫刻はない。空間があるだけ。でも、なぜか凜とした空気がたちこめていた。
町に入ると、あちらこちらからポップス音楽が聞こえる。今まで聞いたことものない、怪しい民族チックなフレーズ。国境を越えて音楽までガラッと変わるのは発見だった。ギリシャと同じように、自転車で走ってても「1杯飲んでけ」と呼び止められる。それまでは出てくるのはコーヒーだったが、トルコに入ると紅茶になった。それも変わった形の、ひょうたん型の小さなグラス。ああ、僕はヨーロッパの端っこまできたのだ。ユーラシア大陸最西端を出発し、アジアとヨーロッパの境界まで来たのだと、しみじみと感じた。ギリシャとトルコはあまり仲が良くないみたいだけど、どちらの国も旅行者に対してはめちゃくちゃ親切だった。
町から少し離れたところにテントを張る。日が暮れる頃、町のスピーカーから何か叫び声が聞こえた。「アー!アアアアアッラーーー!」とお爺さんが何か叫んでいる。これこそが、1日5回のお祈り時間を呼びかける「アザーン」だった。「アラーは偉大なり」と言ってるそうだ。日本で見聞きする「アラーは偉大なり」はテロ集団が唱える言葉としてのイメージばかり先行するけど、現地で聞くそれは、ごく自然で、「今日も1日、お疲れ様でした」というような響きで感じられた。 イスラム教の国ってすごく特殊な宗教国家というイメージがあった。学校ではそう習ってきた。でも実際は欧米よりもずっと旅人にやさしい、ほっこりさせる空気を持つ人々だと感じた。ビールもワインも全然普通に買えたし、トルコ人も飲む人は飲んでいた。イスラム教=厳格で怖い、というイメージは一瞬で崩れ去った。