自転車世界一周の旅日記(その25)イランの荒野を行く

トルコから入国したイラン北西部は山岳地帯だったが、首都テヘランに向けて東に行くに従い、次第に標高が低くなり、荒涼とした風景になってきた。ときどき標識がある。「次の町まで〇〇km」という看板は自転車旅にとって非常に励みになるランドマークだが、ペルシャ文字しか書いていない場合はまったく読めない。でも、なんとなく文字が可愛い。数字の「5」はハートマークを逆さにしたような形だった。

イランに限ったことではないが、幹線道路を走っている限り、砂漠のようなところでもほぼ100km~150kmおきに町があるのが不思議だった。その昔、ラクダや馬で人が交易していた頃に作られた宿場町の名残なのではないか?自転車の旅で1日に進む距離は平均して100km前後。昔の旅人と宿泊するペースが似てるのかもしれない。シルクロードに残る宿場町(隊商宿)はキャラバン・サライと呼ばれるが、今でもその名残を残しているホテルがときどきある。しかし、そんな都合のいい物件は滅多になく、現代の砂漠の中の小さな田舎町には食堂が1軒あればいいほうだ。

トルコの国境ですれ違った自転車旅行者は「イランの田舎ではどこでもモスクに泊めてもらえたよ」と教えてくれた。確かにモスクは灼熱の砂漠でも中は不思議と涼しく、絨毯も敷いてあるので寝るのには快適、しかも無料。夜明け前のお祈りのときに起こされるという点を除けば最高の宿になるらしい。でも僕は360℃地平線に囲まれてキャンプするほうが気持ちよかったので、イランの田舎ではほぼ毎日キャンプしていた。

首都テヘランを過ぎて南下すると急激に気温は上がり、日中は40℃に迫る勢いとなった。前回のブログで、女性は旅行者でも黒いマントのような服を着なければいけない話を書いたが、実は男でも短パンは駄目だった。かといって、長ズボンで40℃の中は走りたくない。そこで、砂漠や荒野にいる間は短パンで走り、町の入り口で黒のジャージを履く、という技で乗り切ることにした。一度、ついつい短パンのままで町に入り、いつものようにお茶を呼ばれたのだが、お爺さんに膝をピシャっと叩かれて怒られたことがあった。

食事は単調だった。田舎では「チキンとご飯」か「ケバブとご飯」の定食くらいしか選ぶ余地がなかった。どちらも真っ黒に焼いたトマトが添えてある。トマトがあるなら生で出してほしかった。町には洒落たファーストフードらしき店もあったが、パサパサしたサンドイッチがあるくらい。メロンの生ジュースだけは旨かった。(※最近のイラン、特に都市部ではイタリアンやハンバーガーなど、もっと食のバリエーションが増えています)

ある日、「チキンとご飯の定食」を注文したら、オヤジさんがそこらへんにたくさん歩いているニワトリを1羽捕まえて店の裏に持っていった。その後、すごい鳴き声が聞こえた。5分後、羽をムシ取られたチキンの肉をぶら下げたオヤジが目の前に戻ってきた。「待ってろ、すぐに旨いやつ作ってやるからな」と得意そうにウインクする。イランの旅は、こんな形でのどかな日常が過ぎて行った。

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