自転車世界一周の旅日記(その23)旅人たちの再会

自転車世界一周の旅日記(その23)旅人たちの再会

トルコとイランの国境の町、ドウバヤジットまで来た。この町でイスタンブールで一緒に1カ月過ごしていた旅行者と再会する。たまたまだが、彼は広島の人だった。彼とはその後、イランのタブリーズやイスファハーンなど各地で再会を繰り返す。

当時はバックパッカーブームだったのかもしれない。アジア横断の旅をする間、いろんな国や町で日本人に会った。90年代に猿岩石がテレビ番組の企画でヒッチハイクで旅をしたのはこのルートだった。旅行者のバイブル『深夜特急』もアジアハイウェイを辿る旅だ。そんな小説やテレビを見てアジアを横断する若者がたくさんいた。ほとんどが20代~30代の若い旅人だった。

世界のバックパッカーが集まる宿によくゲストノートが置いてある。欧米の旅行者は「この宿の人は親切でした」とか「この町はとてもワンダフルだった」とかありきたりの感想しか書いていなことが多いが、日本人は次の旅人のために有益な情報を残した。「ここの町ではこのホテルに泊まるべし。シングル8ドル」「このホテルは従業員が泥棒だから泊まってはいけない。ベッドにダニもいる」「イランの国境は悲惨。うまく通過するコツは・・」など、旅人たちの指南が肉筆で残されていた。そんな「情報ノート」が置いてある宿を目指して旅人は自分のコマを進めていく。当時、すでにインターネットはあったが、旅の情報はインターネットよりこのアナログなノートのほうがずっと有益だった。

東部トルコではやたら軍隊を見かけた。県境や峠では警察や軍の検問もよくあった。戦車も見かけた。クルド人問題があるとはいえ、戦闘状態にあるわけではない。自転車で走ってると、藪の中で軍事訓練をしている兵士がよく手を振ってくれたし、検問所では必ずお茶をごちそうしてくれた。羊飼いの少年たちもよく近寄ってきた。彼らは決まって「タバコ持ってないか?」というジェスチャーをした。残念ながら僕はタバコを吸わない。もしタバコを吸う人間なら、きっと旅はもっと奥深くなり、多くの人と簡単に仲良くなれた気がする。

国境の町、ドウバヤジットからは真っ白な雪をかぶったアララット山が綺麗に見えた。あの山の向こうはアルメニア。でもアルメニアに続く道はない。微妙な国境地帯。そして翌日はイランへと向かう。